1 はじめに

前回、遺留分に関する民法特例として、経営承継円滑化法(以下、単に法といいます。)の概要をご説明しました(https://kawanishiikeda-law.jp/blog/1464/)。これによれば、一定の要件を満たす後継者が、遺留分権利者全員との合意をして手続(経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可)を経ることで、除外合意・固定合意をすることができます(法4条1項)。

 

2 具体例

(1)遺留分の計算

遺留分算定の基礎となる財産額には、生前贈与された財産も合算します。特に、相続人に対する特別受益としての贈与は、原則として10年間は遡るとされ、それが「損害を加えることを知って」したものであれば、それ以前のものも合算対象となります(1044条)。

 

設例
Aは100パーセント株式を有する会社Zの代表者です。AにはB、Cの子がいましたが、Aは8年前にZ株式全部を後継者Bに生前贈与していました(生前贈与時の評価額は2,000万円とします。)。なお、A死亡時点で、Z株式の評価額が5,000万円で、Aには他に1,000万円の定額貯金しかなく、それもBに遺贈されていました。

 

(2)遺留分制度を前提とした場合

1044条に従えば、Z株式のA死亡時の価額(5,000万円)を加えて算定する結果、Cの遺留分額は以下の通りになり、1,000万円の貯金だけでは対応できません。

遺留分額遺留分の基礎となる財産額×遺留分の割合×法定相続分
1,500万円=(貯金1,000万円+Z株式5,000万円)

×1/2(※1)×1/2(※2)

 

※1遺留分の割合
直系尊属のみが相続人の場合:1/3(1042条1号)その他の場合:1/2(1042条2号)
※2法定相続分
本件では子2人による相等しい相続分(900条4号)であり、1/2

 

(3)除外合意(法411号)

Z株式の価額を、遺留分を算定するための財産の価額に算入しないことについての合意を行うことにより、Cの遺留分を貯金の範囲で対応できることになります。

遺留分額遺留分の基礎となる財産額×遺留分の割合×法定相続分
250万円=貯金1,000万円×1/2×1/2

 

(4)固定合意(法412号)

遺留分を算定するためのZ株式の価額を、当該合意の時における価額とすることにより、除外合意と同じく貯金の範囲で対応できます。

遺留分額遺留分の基礎となる財産額×遺留分の割合×法定相続分
750万円=

(貯金1,000万円+Z株式2,000万円)×1/2×1/2

 

Cとしても、除外合意までは出来ないにしても、仮に、生前贈与時点でZ株式の評価額が2,000万円であった場合は、その限度で合意することは十分考えられますし、Bとしても、自らの経営努力によってZ株式の評価額を5,000万円まで押し上げたのですから、そのインセンティブを確保したいと思うのはもっともかと思います。

なお、固定合意をするには「価額」について、弁護士、公認会計士、税理士等の証明が必要です。

3 合意における留意点

(1)書面によること

除外合意・固定合意をするには、書面によることが必要です(法4条1項)。

その際は、後継者が当該株式等を処分した場合や代表者として経営に従事しなくなった場合の措置も、併せて書面で定めなければなりません(法4条4項)。そのような場合は、特例が前提としていた「経営の承継の円滑化」を図る必要がなくなるからです。

 

ちなみに、以上の合意をする際に、株式等以外の財産についても、除外合意と同様の合意をすることが出来ます(法4条3項、5条)。中小企業では、代表者個人の財産と会社の経営が分離されていない場合が多く、その工場が個人所有の敷地の上に建っていたり、その金繰りを個人からの貸付(代表者貸付)によって賄っていたりしています。そのような場合、当該個人資産も対象に据えなければ「経営の承継の円滑化」は図れないことから、このような定めが置かれている訳です。

 

(2)大臣の確認と裁判所の許可

その上で、後継者は、当該合意が成立した日から1月以内に経済産業大臣の確認を受けるための申請をし、その確認を受けた日から1月以内に家庭裁判所の許可を受けるための申立をする必要があります(法7条、8条)。家庭裁判所としては、当該合意が「当事者全員の真意に出たものであるとの心証」を得た場合に、これを許可することになります(法8条2項)。

 

(3)遺留分の事前放棄制度の補完

これと同様の結果は遺留分の放棄という制度(1049条)からも導けます。

ただし、その遺留分放棄の許可の申立自体が遺留分放棄をする推定相続人に委ねられていて、また、家庭裁判所が許可をする時点で遺留分放棄の意思があるかが確認されるのでその段階で翻意される可能性もありました(確実性に問題あり)。

 

そこで、より利用し易くするため、申立自体は後継者ができるようになりました(法8条1項)。法8条2項にいう「家庭裁判所」「心証」も、文言からすれば「合意が当事者全員の真意に出たもの」か否かという点が中心になるので、翻意の可能性も狭まるのではないかという意見もあります(鳥飼「経営承継円滑化法と民法特例の法実務」清文社116頁以下)。

 

なお、司法統計年報(家事編)によれば、その申立と(認容)許可の数は、以下の通りです。徐々に増えてきていますが、遺留分の事前放棄の許可数には、まだまだ及びません。

ただ、法が適用される場合、金融支援制度や納税猶予制度もありますので、事業承継を考えているなら検討する価値はあります。

 

申立数   許可数  参照(遺留分事前放棄許可数)

平成21年度   7件      5件            988件

平成22年度  19件   20件      1044件

平成23年度  19件   15件                971件

平成24年度   9件       13件                  987件

平成25年度   11件   11件     1066件

平成26年度  16件   11件         1135件

平成27年度     23件     22件        1076件

平成28年度     30件     30件        1119件

平成29年度     33件     36件       931件

平成30年度  18件     17件          890件

令和 1年度    58件    58件        877件

 

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