生殖補助医療(人工授精・体外受精等)により出生した子
1 はじめに
(1)生殖補助医療(人工授精・体外受精・体外受精胚移植)の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(以下、特例法といいます。)が、昨年末(令和2年12月11日)公布されました。このうち民法の親子関係に関する特例部分は、第9条・第10条であり、令和3年12月には施行されますが、子と親は互いに相続人であることから(887条1項、889条1項1号)、相続関係に直結する問題です。
(2)そして、特例法を理解するには「認知」に関する基礎知識があった方がいいことから、認知制度の説明を通じて、特例法の説明をしたいと思います。
2 認知制度
(1)民法は「子」等を相続人としています(887条1項)が、ここにいう「子」には「実子」と(772条以下)と「養子」があります(792条以下)。
実子とは「血のつながり」を根拠とし、養子とは「意思-縁組」によって、それぞれ親子関係を発生させます。
(2)実子の中には、法律上婚姻関係にある男女間に生まれた「嫡出子・ちゃくしゅつし」と、法律上の婚姻関係にない男女間に生まれた「非嫡出子・ひちゃくしゅつし」があります。非嫡出子との間にも「血縁関係」はありますが、実子とされるには「認知」が必要です。
(3)なお、779条は「嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる」としていますが「母」との親子関係は「分娩の事実により当然発生する」とされていて(最2小判昭和37年4月27日)、認知が問題になるのは、主に父子関係です。
3 特例法第9条
(1)特例法第9条は「女性が自己以外の女性の卵子(その卵子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により懐胎し、主産したときは、その出産した女性をその母とする。」としています。
これは他人の卵子により出産した場合ですが、上記2(3)で述べたとおり、母子関係は「分娩」=出産によって生じることから、その旨を確認したものといえます。なお、中間試案の補足説明の中では、①母子関係の発生を出産という外形的事実にかからせることが明確であること、②自然懐胎による子と同様に取り扱うことが可能になること、③出産が母性を育むと指摘されており子の福祉からみて合理性があること、④卵子提供者には子を育てる意思がないことが理由として指摘されていました。
(2)これとは逆に、代理出産(男女の精子卵子を体外受精した上で第三者の女性が出産)の場合はどうでしょうか。
この点が争われた最2小判平成19年3月23日(以下、平成19年最高裁判決といいます。)は「子を懐胎し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても、現行民法の解釈として、出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産により当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討すると、民法には、出生した子を懐胎、出産していない女性をもってその子の母とすべき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず、このような場合における法律関係を定める規定がないことは、同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによるものではあるが、前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり、一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんがみると、現行民法の解釈としては、出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず、その子を懐胎、出産していない女性との間には、その女性が卵子を提供した場合であっても、母子関係の成立を認めることはできない。」としました。
他方で、平成19年最高裁判決は「女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという強い気持ちから、本件のように自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することを依頼し、これにより子が出生する、いわゆる代理出産が行われていることは公知の事実になっているといえる。このように、現実に代理出産という民法の想定していない事態が生じており、今後もそのような事態が引き続き生じ得ることが予想される以上、代理出産については法制度としてどう取り扱うかが改めて検討されるべき状況にある。この問題に関しては、医学的な観点からの問題、関係者間に生ずることが予想される問題、生まれてくる子の福祉などの諸問題につき、遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて、医療法制、親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ、立法による速やかな対応が強く望まれるところである。」ともしていましたが、今回の特例法の中では見送られました。ただ、特例法の附則3条3項には「第三章(特例法9条、10条)の規定の特例を設けることも含め検討が加えられ、その結果に基づいて必要な法制上の措置が講ぜられるものとする」とされていて、各議院における附帯決議では「代理懐胎についての規制の在り方」について検討対象事項とし「適切に対応するべき」とされています。
4 特例法第10条
(1)特例法第10条は「妻が、夫の同意を得て、夫以外の男性の精子(その精子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により懐胎した子については、夫は、民法七百七十四条の規定にかかわらず、その子が嫡出であることを否認できない。」としています。
(2)生殖医療補助を受ける男女は、婚姻していることが多いでしょう。男女の婚姻により法律的に、男は夫と称され、女は妻と称されます。婚姻中等の懐胎について、民法774条は「夫は、子が嫡出であることを否認することができる。」としています(なお、令和2年12月2日開催の参議院法務員会では、事実婚・同性婚に10条が適用できないのは残念という意見質問に対し、附則3条で後日の検討を排除しないという答弁がされています。)。
上記2(2)で述べたとおり、実子関係の基本は「血縁関係」があることですが、第10条が定める場合は、父子間に血縁関係は存在しません。ただ、その場合に嫡出否認を認めると子の福祉に反するが故の規定と考えられます。この点、中間試案の補足説明では「精子提供型の生殖補助医療は、当該医療を受ける夫婦がその間の子を設けることを希望するものであり、これによる妻の懐胎に同意した夫は出生した子を自らの子として引き受ける意思を有していると考えられる」としています。