今回は、不貞慰謝料に関するR8・6・5最高裁判決の紹介です

第1 はじめに

配偶者が不貞行為を行った場合、他方の配偶者は、不貞行為を行った配偶者及びその者と不貞行為に及んだ第三者に対し、慰謝料請求権があるとされています。妻Aと婚姻関係にある夫Xは、妻Aの不貞相手Yに対しても慰謝料請求ができる訳です。その理由として、最高裁(H8・3・26判決)は、夫婦には「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益(以下、単に「共同生活の権利等」或いは「権利等」といいます。)」があり、かかる権利等が侵害されたと説明しています。

従って、不貞行為の結果、不法行為に基づく慰謝料請求が認められるためには、共同生活の権利等を侵害したと認められる必要があることになります。逆に、不貞行為をされたという夫Xの妻A・不倫相手Yに対する強い怒り、悲しみ、悔しさは法律上保護された利益とは認められていません。

その意味で、不貞行為のあった当時、既に婚姻関係が破綻していたときには、共同生活の権利等の侵害が認められないため、慰謝料請求は認められません(上記H8年最高裁判決)。不法行為による損害賠償請求は、故意・過失により他人の「権利を侵害」した場合に認められるからです(民法709条)。

ちなみに「婚姻関係の破綻」とは「婚姻関係が完全に復元の見込みのない状態に立ち至っていること」をいい、婚姻関係が破綻しているか否かは、別居しているか否か、夫婦間の交流の有無、性交渉の有無、離婚協議の有無、関係の修復可能性、関係継続の意思の有無等具体的な事案に即して諸般の事情を考慮して判断されます[1]

 

第2 不貞行為に及んだ第三者に対する慰謝料請求

以上のとおりであって、夫Xの妻Aの不貞相手Yに対する慰謝料請求が認められるには、不貞をした当時、Yに故意又は過失があったことを立証する必要がありますが、ここで問題となるのは、行為当時、①YがXAの婚姻関係の存在を認識していたか、又は認識することができていたか(以下、単に「認識等していた」といいます。)、若しくは、②(婚姻関係の存在を認識等していたことを前提として、)Yが婚姻関係が破綻していないことを認識等していたか、という2点になります。しかし、これまでの裁判例をみると、漠然と、婚姻関係が破綻していると信じていたとしても、上記①の認識があること自体に落ち度があるので、上記②については、破綻を信じることにつき相当の理由がなければ過失なしとはいえないとされているようです。

その要件は厳格ですが、現実に「婚姻関係が破綻している場合」には、前記の通り、権利等の侵害が認められないため、不法行為は成立しません。従って、故意・過失が問題になるのは、現実に「婚姻関係が破綻していない」にもかかわらず「婚姻関係が破綻している」と認識等していたという例外的なときです。

これまでの裁判例は、単に不貞を行った配偶者から婚姻関係が破綻している旨の説明を受けただけで、裏付けなく説明を信じたというのみでは、相当の理由があったとは認めていません。他方で、相当な理由があるとした裁判例では、不貞を行った配偶者から具体的な時期を示して離婚する予定であるとの説明を受けていたこと、相手からの署名のある離婚届を提示されていたこと、その後に離婚時期の目途が立たなくなった際にも再度離婚届が提示されていたこと等の場合であり、上記XAYの例に照らせば、Yが、一方当事者たる妻Aの発言以外に夫Xも離婚に同意しているとみてとれる資料の提示を受けていた事案でした。

【参照・H15・4・23東京地判】

〔判旨〕AとYとの交際が、専らAが主導していたものであり、AYらの交際によるXAの婚姻関係の破綻の責任は主としてXにあるものというべきである。また、Yは、XとAが婚姻中であることを知っており、Aとの交際を拒んでいたものの、Aから、既に実質的に婚姻関係が破綻し、将来離婚することになっているとの説明を受け、配偶者の署名入り離婚届用紙も示されたことから、Aの説明を信じて交際を始め、その後も配偶者Xから抗議や苦情を受けることもなく、XAの婚姻関係の破綻についての認識を改める機会もなかったことから、Aとの交際を中断を挟みつつも継続していたと認められる。…以上によれば、Yは、Aの説明及び配偶者Xとの離婚届の提示により、相当の根拠をもって、XAの婚姻関係が既に破綻しているものと信じ、そう信じることについて相当の理由があったということができる。

 

第3 本件の検討

R8年最高裁判決の事案は、既婚者の女性Aが雇用主である男性Y(上告人)に対し、「夫婦仲が悪く離婚する」といい、さらに自己の氏名等のみを記入した離婚届を提示し、不貞行為に及んだものです。そして、Yは上告審弁論において、夫婦関係の不和を裏付ける夫婦間のメールのやり取り等もみせられたことを主張しています。メールの中では、夫X(被上告人)が離婚を考えている旨の発言、それに対するAの了承、Xから養育費などについて弁護士に相談に行くとの発言、家計を別々にして、互いのプライバシーに干渉しないことを求め、Aが同意するなどのやりとりがなされていました。

これらの事実関係を前提に、最高裁は、原審が「上告人は、Aと被上告人が離婚したと信じたことについては相当の理由があったとはいえないとしても、その婚姻関係が既に破綻していると信じ、かつ、そう信ずるについて相当の理由があったとみる余地がある。」と示し、まず、原審がⅠ「離婚したと信ずるにつき相当の理由」がなかったことを示したものの、「婚姻関係が既に破綻していると信じ、かつ、そう信ずるについて相当の理由」について検討する必要があるにもかかわらず、これを怠ったことから、原審の過失に関する法令の解釈適用に誤りがあると指摘しました。さらに、Ⅱ本件事案について、不貞慰謝料請求に関するYの過失を否定する余地があると示しています。

R8年最高裁判決は過失の有無について、原審の過失の解釈適用に誤りがあったことから上告人Y敗訴部分を破棄し、原審に差し戻しました。離婚届の記入はあくまでAのみによってなされたものと扱わざるを得ないのですが、メールのやり取りなど婚姻関係の破綻を客観的に裏付ける資料の内容次第では、相当の理由を認め、第三者が無過失と判断される可能性は十分にあると考えられます。

 

第4 R8年最高裁判決の意義

R8年最高裁判決では、尾島裁判官の補足意見が付されており、そこでは、①離婚慰謝料と不貞慰謝料は訴訟物を異にすること、②本件のような(不貞行為後に離婚するに至った)事案の際は、裁判所において、訴訟物が曖昧であるときはこれを放置せず、適切に釈明権を行使するなどして両者の違いを踏まえた明瞭な審理判断をすべきとされています。

まず、Ⅰについていうなら、広義の離婚慰謝料には、ⅰ離婚という効果そのものから生じる精神的苦痛に対する慰謝料(離婚自体慰謝料)と、ⅱ離婚原因となった有責行為それ自体による精神的苦痛に対する慰謝料(離婚原因慰謝料)との2つがあるとされています。補足意見はⅰを「(狭義の)離婚慰謝料」という意味で、ⅱを不貞慰謝料という意味でそれぞれ使用していると思われます。そして、離婚慰謝料と不貞慰謝料[2]については、これまでの裁判例においても訴訟物が異なるものとして取り扱ってきていたため、その内容を再確認することとなりました[3]

また、Ⅱについて、現実の裁判では、不貞を原因として離婚に至った場合、ⅰとⅱを一体の不法行為として判断することが多いですが、厳密には別個のものであって、補足意見はこの点を注意して判断するよう指摘したものと解されます。

以上

 

 

 

[1] ヒアリングシートを活用した 離婚相談 聴取事項のチェックポイント・271頁参照。

[2]不貞慰謝料とは、「不貞相手に対し、不貞行為自体を理由とする慰謝料」です(実務家が陥りやすい 離婚事件の落とし穴・158頁参照)。ただし、H8年最高裁判決によれば、不貞をしただけでは認められず、婚姻関係が破綻していない場合であることが必要になります。その意味で、不貞慰謝料には、婚姻関係が破綻していない夫婦の一方と、不貞行為に及んだものの、婚姻関係を破綻させなかった場合(a)と、不貞行為の結果、婚姻関係を破綻させた場合(b)が存在することになりますが、それは量的な違いに留まるものと解されます。

これに対し、離婚慰謝料は、不貞によって(婚姻関係を破綻させ)離婚という結果を引き起こした場合(c)であり、aやbの場合とは質的に異なるものといえます(だからこそ、訴訟物が異なるのかと思います。)。ちなみに、bの場合を「破綻慰謝料」と称しcと同様に考える見解もあるようで共感を覚えますが、R4・1・28最高裁判決は「離婚に伴う慰謝料とは別に婚姻関係の破綻自体による慰謝料が問題となる余地はない」としており、この点については否定しているように思われます。

[3] 広島高裁平成19年4月17日判決では、離婚原因慰謝料と離婚自体慰謝料とを訴訟物が異なるとした上で、一方の判決の既判力が他方の訴訟には及ばないと判断しています。

弁護士法人村上・新村法律事務所